東海地区における裏千家茶道の歴史は古く、10代認得斎宗室が、11代玄々斎精中宗室が三河奥殿藩主大給松平家から養子に迎えられた関係から、数多くの同門有志が各地において布教につとめていました。昭和9年2月に愛知、静岡、三重、岐阜各県の同門も含めて、裏千家名古屋研究会が発足し、淡々斎家元を迎えて研究会を催すなど活動を続けてきました。

昭和17年7月に名古屋支部が結成され、戦後同23年5月に静岡支部が設立、その後名古屋支部から同25年7月に岐阜支部、同27年に三重支部がそれぞれ分離設立。同28年3月地区本部が設立に伴い、名古屋、静岡、岐阜、三重の4支部によって東海地区本部が結成されました。

なお、昭和29年に設立された長野県支部も一時東海地区に所属していましたが、同32年11月の地区再編成により新設された信越地区に編入されています。

昭和38年7月に岐阜支部の高山連絡所が飛騨支部に昇格、同41年5月には静岡支部の東部支所が沼津支部に、西支部が浜松支部にそれぞれ昇格。同42年3月に沼津支部に富士支所が設立さ、同44年10月に支部に昇格しました。

その後、昭和42年3月の地区再編成により、東海地区は東海第一地区(静岡、沼津、浜松の3支部と富士支所)、東海第二地区(名古屋、岐阜、三重、飛騨の4支部)に2分されましたたが、同54年に東海地区に復元されています。

昭和48年12月に名古屋支部から三河支部が分離結成され、同62年には名古屋支部が愛知第一・第二・第三の3支部に発展的分割、連絡調整機関として愛知支部連合会が設置されました。平成5年に三重支部が三重南・北支部に分割発会され、現在12支部で構成されています。